いじめがイヤで死んでも苦しみは解決されない
先日、ある中学生から、こんな相談を受けました。
「私は、今、学校で、いじめにあってます。もういやです。死にたいです。でも、周りは、死んじゃダメだと止めます。どうして死んだらいけないんですか」
死にたいくらい苦しいのに、それに耐えて、よく相談してきたな、と涙が出ました。相談してきてくれて、本当に良かった、と思いました。ときどき、「いじめられたくらいで死ぬな」と言う人があります。いじめられた“くらい”と言いますが、とんでもない。本人にとって、どれほどの苦しみなのか、わからないから、そんなことが言えるのでしょう。
でも、どんなに「つらいから死にたい」と相談を受けても、「なら、死んじゃえばいいよ」とは口が裂けても言えません。なぜなら、死んで最もつらい思いをするのは、親です。そして、親は、間違いなく自分を責めることになります。「どうしてこんなことになったのか……」「私があの子を助けてやれなかった……」その苦しみは一生続くことになります。死ぬことは、いじめから抜け出す最終手段でも何でもありません。自分も他人も不幸にする最悪の手段と言っていいでしょう。死ぬことによって、自分はいじめの苦しみから解放されるように思うのでしょうが、それは勝手な思い込みであって、死んだら楽になれる、という保障がどこにあるでしょう?どこにもないのです。いじめがイヤなら、学校に行かなくても大丈夫です。学校以外にも、安心して友達ができる居場所はあります。今の苦しみから逃れる方法はちゃんとあります。だから、身近な相談できる人に話をしてみましょう。
自殺のこと
日本は自殺大国と言われるほど自殺の多い国です。
年間3万人以上の人が自ら死を選んでおり、ここ10年で30万人以上が自殺で亡くなっています。
なぜ「自殺」するのでしょうか。
いじめを苦にして、仕事に悩んで、育児に悩み、育児ノイローゼとなって・・・理由は様々です。しかし、日本の自殺者数が欧米各国の2倍以上になっているのはなぜなのでしょうか。
理由はいくつか考えられますが、ひとつは自殺を容認する文化があると思います。
このことは武士の切腹など、死んで責任を取るという文化的背景が関係していると思います。現在でも、借金を苦にしてとか、事態の責任を取って自殺を選ぶ経営者など、「死によって責任を取る美学」という思想が日本人にはあるのかもしれません。
これはキリスト教やイスラム教の国ではありえません。
日本は仏教国ですが、仏教では、自殺は愚かなことだと教えられています。
以前にもご紹介しましたが、自殺を深刻に悩んでいる人は「周りの人に悟られたくない」という心理が働いて、家族や職場の人に相談しない、できないという状況になります。それ故、悩みや問題を一人で抱え込んでしまう状況になるのですが、そうしたときに宗教によって自殺を厳密に禁じられているかどうかが大きく作用します。
自殺を深刻に悩んでいる人の「相談したくない」という心理状態は、日頃からのコミュニケーションによって兆候を察知するしかありません。しかし、現代の日本ではそうした相談の出来る環境が少なくなっているというのも原因に挙げられるかもしれません。
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