いじめ被害者の相談できない実態2


2月 9th, 2010

さて、前回の続きです。いじめにあったら相談しないといけない、と言われていても、なかなか出来ない事情があります。
この事例でも、よくわかりますので、続きをお話しましょう。

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初対面の大人に、しかも弁護士に、簡単に心を開いてくれるとは思えません。

「お母さんが、すごく心配しているよ……」

母親に頼まれて、太郎君の力になろうとして、会いに来たことを話しながら、少しずつ、事実を確かめていきました。

「本当に、下級生から、お金を奪ったの」

太郎君は、小さな声で、ポツポツと話し始めます。

「はい……、4千円、カツ上げしました」

「相手は、知っている子だったの」

「いいえ、ひ弱そうな一年生を探して、ナイフをちらつかせて、お金を出させたのです……」

「どうして、人のお金を取ったのかな?」

「ゲームやコミックが欲しかったからです」

「どんなゲームやコミックが欲しかったの?」

「別に……」

なぜか、明確な答えはありませんでした。

「月々のお小遣いは、いくらもらっていたの?」

「3千円です」

「足りなければ、どうして、お父さんか、お母さんに、言わなかったの」

「別に、それが不満だったわけではありません」

太郎君はまじめで、少し気が弱そうでした。

そんな彼が、なぜ、いきなり人から、お金を脅し取ろうという気持ちになったのか、その理由が、全く分かりません。

もっと詳しく聞こうとしても、太郎君は、それ以上、話をしてくれませんでした。

しばらくして、意外な事実が発覚しました。

太郎君は、一人で「カツ上げ」をしたのではなかったのです。

同級生の秋男君(仮名)が、恐喝の共犯で逮捕されたのでした。

そこで再び、太郎君に面会に行き、秋男君と、どんな関係があったのか尋ねてみました。

すると、何かの束縛から解かれたように、やっと重い口を開いてくれたのです。

「秋男君には、小学6年生のころから、お金を渡していました。

 秋男君に誘われるまま、お金を賭けて遊んだのがきっかけです。

 何回も勝負に負けて、3万円くらいの借金ができてしまいました。

 中学生になって、お小遣いから少しずつ秋男君に払っていました。

 でも、いくら払っても、利子が付いて、逆に借金が増えていったのです。

 そこで、親の財布から、こっそりお金を抜き出したり、親の預金通帳から無断で引き出したりするようになりました。

 繰り返しているうちに、親も警戒するようになって、それもできなくなってしまったのです。

 お金が払えなくて、どうしよう、どうしよう、と考えていたら、『下級生からカツ上げをしてこい』と言われ、ナイフを渡されました。

 ボクは嫌だったのですが、秋男君から『見張りをしてやるから、やれ』と強く言われ、逆らうことができなくなってしまったのです」

そんなに簡単に相談できるような状況でない背景が見えてきます。次回に続きます。

(つづく)

いじめ被害者の相談できない実態1


10月 30th, 2009

いじめを受けたら相談したらいい、と誰もが言いますが、そう簡単に相談できるものではありません。

これは、ある弁護士から聞いたいじめ問題についての話です。

加害者が、実は被害者であり、いじめを受けながら相談できなかった事情が垣間見えます。

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「中学3年生の息子が逮捕されました。
まじめで、おとなしい子なのです。
信じられません。どうしたらよいでしょうか」

電話越しに震える母親の声に、すぐに私は答えました。

「だいじょうぶです。
心配されるお気持ちは、よく分かります。
詳しく、事情をお聴かせください」

しばらくして、お母さんが事務所を訪ねてこられました。

「息子は、成績は中ぐらいで、非行歴はなく、おとなしい性格なのです。
それなのに、刑事さんの話ですと、駅近くの路上で、中学1年の男の子を脅し、4000円を『カツ上げ』したというのです。
信じられません。どうしてこんなことに……」

母親は途方に暮れるばかり。
事件の背景も何も分かりませんでした。

逮捕されたS君にまずは会って話を聞いてみなければなりません。私は、すぐに、警察署へ向かいました。

警察の留置場に入れられている段階で、面会が許されるのは弁護士だけ。
しかも、面会場所も、厳重に管理された「接見室」に限られています。

私が接見室に通されると、やがて、うつむきかげんで、おとなしそうな少年が、厚いアクリル板の向こうに現れました。

(つづく)

大人のいじめ


6月 29th, 2009

学校での子供同士のいじめは社会問題となっています。
いじめ自体は昔からあったものですし、これからもなくならないかもしれませんが、いじめを苦にした自殺はなんとしても失くしていかなければなりません。

こうしたいじめを苦にした自殺は、子供の社会にとどまらずに大人の世界でもはびこってきているようです。
職場の人間関係について人間関係を悩み、苦にした神経衰弱やうつ。
仕事の失敗から、責任を感じて自殺を深刻に悩む。

真面目な人であればあるほど、悩みを抱えてしまって誰にも相談できなくなってしまう。
「家族には迷惑をかけたくない」
「職場の誰にも相談できない」
どんどん追い詰められていって、結果「自殺」を選んでしまう・・・。

本当に責任を取って死ぬことが、周りに迷惑をかけない選択なのでしょうか。
一家の大黒柱を失った家族は、経済的な苦しみに加えて、精神的にも苦しめられます。
「なぜ相談してくれなかったんだろう」
「主人が自殺したのは相談にのってあげられなかった自分のせい」

「死んではいけない」と、親鸞会では明確に理由を示して断言しています。
釈迦の言葉に「天上天下、唯我独尊」 というものがあります。「我々人間は、大宇宙広しといえども、たった1つの、尊い目的を果たすために、この世へ生まれてきたのだ」 という意味で、言い換えれば、「人生には万人共通の目的がある。どんなに苦しくても、その目的を果たすまで、死んではならない」 と力強く断言された言葉なのです。その目的とは、苦悩の根源を断ち切り、『本当の幸福』になること以外にない、と教えられています。

いじめ撲滅?


4月 29th, 2009

いじめ問題を考えるときに、「いじめ撲滅」や「いじめをなくそう」というスローガンが掲げられることがあります。
いじめは深刻な社会問題ですし、いじめを許すことは出来ません。

しかし、いじめを完全になくすことはできるでしょうか。
大人の世界でも「職場のいじめ」とかがなくならないのに、子供のいじめを完全になくすことなど机上の空論にすぎないのではないでしょうか。もちろん、将来的な目標として「いじめ撲滅」を掲げることは、崇高でいいことだと思います。

しかし、いじめ問題に取り組む場合には、現実として「いじめ」はあるものだという前提で取り組んでいくことが必要だと思います。
差別とか偏見とか、人間の根源的な部分とかかわって、「いじめ」は生じてくると思いますが、そうした差別や偏見をゼロにするということは現実的に不可能だと思います。少しネガティブになりますが、「いじめ」というのは、子供でも大人でも、集団の中では、容易に起きやすい現象として考える必要があるでしょう。。

スローガンとしては掲げても、現実問題としてはいじめの対策を充実させることに主眼を置くことが必要でしょう。
今いじめられている子供たちの対処をどうするかということ、いじめ自殺を防ぐことのほうが早急に対処しなければならない問題なのです。いじめを受けている子供を孤立させない、いじめの問題を相談できる環境を整える、子供とのコミュニケーションを図る体制作りといったことが大切だと思います。

現代のいじめ問題


1月 7th, 2009

いじめを苦にした子供が自殺したというニュースを見るたびに、親御さんの悲しみを想像するとやり切れないものがあります。
安心で安全な場所だと思っている学校に通っている子供が、自ら命を絶ってしまう・・・毎日顔を合わせていた筈なのに、気付いてやれなかったという悔やみきれない思い。

なぜ一番身近にいるはずの親や教師がいじめに気付かなかったのか、疑問を抱かざる負えません。
しかし、現代の「いじめ」は陰湿化、巧妙化、潜在化が進行していじめの実態が見えにくいのも事実かもしれません。

加えて思春期を迎えた子供は自尊心が高く、反抗期でもあるため親や家族、増してや教師にいじめを相談しない、または相談できない年頃なのも事実です。しかし、いじめの実態をいち早く察知し、発見・対処すること、いじめを受けている子供の心のケアを行うのは親と教師の責務です。

しかしながら、核家族化が進み、共働きも一般化している現代では、子供と過ごす時間が減っている現実があります。
更にいじめに対応する能力があまりあるとはいえない教師が増えている今、いじめの把握が遅れて、手遅れになってしまう事態が多いのも現状です。

いじめの実態を知るのが難しいといって、放っておくことはできません。
いじめ問題を解決する第一歩として、現代のいじめ問題の現状・実情を知ることが必要だと思います。当サイトでは現代のいじめ問題、いじめ体験を紹介することでいじめ問題の解決の糸口になれればと考えています。